皆さま、こんにちわ。
8月13日(日)の午後、いかがお過ごしでしょうか。
こちらは夏のイベントが多発する夏休み期間です。

8月10日、フレンドファンディングアプリ polca が公開されました。


出資を募る企画の公開と、その支援が容易に実行できるスマートフォンアプリです。
詳細は公式HPからどうぞ>https://polca.jp/

今回は、出資する側として活動した #polcaおじさん 昇運さん の正体をさらけだしていきます。


◎ #polcaおじさん とは何なのか?

polcaアプリを通じて、企画した人を支援する。

具体的にはお金で企画を応援するおじさんです。
女性の場合はおねえさんでも可能。

Twitter等のSNS経由でpolcaの企画をウォッチして、自分の選んだ相手を支援する。
必ずしも交流がある相手が対象ではありません。


それが #polcaおじさん です。


○その源流はどこにあるのか

私の場合、以前話題になった「MacBookおじさん」という活動に影響されています。
「才能ある若者の前に現れて、 MacBookを渡すおじさん達」
現在は公式HPが設立されています>MacBookおじさん.com

多彩な経歴のおじさんが、自費で15~20万円相当のMacBookを調達して、選考を通過した相手に渡す。

当時は賛否両論でしたが、話題性はきわめて大きかったと記憶しています。


自分の資金を、利便性の高い物品にする。
才能のある人物に譲渡する。


なかなか真似できる事ではありません。
当時の私は、その話題に参加しようかと悩みました。

「金額の大きさ」「apple製品を使用した経験がない」そして「相手を選考する能力」がなかったため、名乗りをあげることなく時間が過ぎました。

つまり、何もできなかったのです。


○ #polcaおじさん 昇運さん となった日

8月10日 Twitterで情報収集していた私は、polcaという企画・支援アプリを知りました。
内容を知るにつれて、企画を少額で支援できる事に注目。
とりあえずpolcaをインストール。
使用方法を確認し登録。

Twitterのフォロー先で企画が公開されたので、支援をしてみる。
途中でクレジットカード情報を入力するため、初回は時間がかかりました。
あまりにもあっけなく、企画した方に支援が完了しました。
この方の企画は順調に支援が続き、金額達成後もさらに支援上乗せされました。

自分のお金で、他の誰かを応援できる。
企画側からお礼を受け取ることができる。

自分という存在が、世界と交流した手応えを感じる。

この時から、私は #polcaおじさん となったのです。

○48時間後に活動調整

登録初日から翌日まで、さまざまな企画に出会いました。
共感できる内容、私自身が直接実行できない内容など、いずれも興味深い。

得意分野を生かした専門的な「お礼」は、支援の後押しになりました。
ブログ運営している人間として、自分を紹介してもらえる「お礼」は効果があって感動しました。

思うがままに支援してきましたが、ある問題が発生しました。
支援金の集計機能がないため、総額が不明になった。

金銭に余裕があっても、管理できない出費は浪費につながる。

8月12日からは #polcaおじさん としての活動を調整しています。
時々現れるので、支援はタイミングによります。

○昇運さんの正体

先に明記しておきますが、私は富裕層ではない。

金銭的余裕からpolcaで支援したのではありません。


岐阜県の地方都市で生活している40代の男性・結婚歴なし。
製造業に勤務している会社員。

京都水族館で購入してきたオオサンショウウオ(LL)のぬいぐるみを撫でて、静かに暮らしています。
紹介リンク>【ぬいぐるみ】オオサンショウウオと暮らす日々

人間の名前を覚える事ができないので、コミュニケーション能力が低い。
相手の存在を覚えていても、名前が思い出せないもどかしさ。

生まれも育ちも、この地域。
高校卒業後に地元企業に入社。
以来20年以上、同社で勤務しております。

年収は、おおむね350万円前後。
実家暮らしのため、収支は安定して黒字の生活を続けています。
資産運用の知識を得る機会が遅れたため、預貯金の比率が高すぎる。

2015年 ある人物の教導を受けて、人生の流れが変わり始めた。

ブログ運営していますが、収入としての確定額はいまだゼロ。
手元に金銭を獲得するには、まだまだ未熟です。

毎月の収支計算で、現金を取り扱う時に感じました。

「この金銭を抱え込んでいても、世界を幸せにはできない」


この直感を活かした結果、私は昇運さんとしてpolcaおじさんになりました。

あなたの力を、世界のために使いなさい


自分の生命から湧き上がる意思に向き合って、今日も生きています。